心待ちの気持ち   ~ 雨水 ~

2021.02.25

心待ちの気持ち   ~ 雨水 ~

雨音で目が覚めた朝。

春の嵐で、遥かに雷の音まで聞こえてきます。

 

何かが違うのは軒先で雨宿りの雀たちのにぎやかな囀(さえず)りでしょうか?二十四節気「雨水」。雪は雨となり、いよいよ動き出し、自然界に水の恩恵がもたらされ、草木が芽吹き始めることを意味しています。日ははっきりと長くなり、春の訪れを実感できるこの頃です。

七十二候は「土の脉潤い起こる(つちのしょううるおいおこる)」「霞初めて靆く(かすみはじめてたなびく)」「草木萌え動る(そうもくめばえいずる)」と続きます。

 

そう、冷たい大地が、動き出した水を得て潤いだし、温度が上がり大気中の水蒸気が増えることで、霞がかかり、草木の芽がほころび始める頃なのです。

 

脉、とは、みゃくとも読み、脈を表す漢字で、大地の脈道を表現します。

 

我が家でも冬の間にさぼっていた庭仕事をぼつぼつと始めています。

 

枯草を掃き取って、急に冷気にさらされたほろほろとした土には、しゃべり声が聞こえるのではないかと思うほど、雑草たちの新芽が出そろっていて、まるでこれからの自身の処遇を案じて様子をうかがっているようです。また、剪定をしなくてはいけないバラの木達にも新芽がぱっちりとこちらを向いています。特に新しい枝の新芽は勢い余って、赤い芽の先から葉っぱが出そうになっているのもあります。でも、放ってはおけません。その新芽の向きを確認しながら、「ごめんね、この方が君のためなのよ……」などと話しかけながら、剪定ばさみを入れています。

 

少し寒さが緩む昼下がり、こんな時間を過ごすと、これから迎える春を思い、嬉しい気分になります。

 

そして、この季節、もう一つ待ち遠しいことが、桃の節句です。

 

私の最初の雛人形は宮飾りでお宮の中にはお内裏様と三人官女がいました。細面のきれいなお顔のお人形で、お道具は雪洞と羽二重で作られた右近の橘左近の桜、そして食事膳でした。

 

小学生になり、どうもよそのお家には段飾りの雛人形があるらしい、ということを知り、母にねだったことがありましたが、そのときに石井桃子の「三月ひなの月」という本を与えられました。朝倉摂の淡い色彩の挿絵の美しさと、なんといっても、そこに出てきた一刀彫の奈良雛という、見たことも聞いたこともない雛人形に、私は子供ながらに魅了されてしまったのです。

 

 

いつか、あのお雛様が見てみたい、欲しい、と思っても、なかなか機会は得られないまま、私の家には二つ目の七段飾りの雛人形がやってきたのです。それから、毎年、その七段飾りのひな人形たちが、いつも決まりの母特製ちらし寿司と蛤のお吸い物や葱ぬたの膳とともに、私と妹の成長を長年見守ってくれました。

 

 

妹に長女が生まれた時、その機会は訪れました。

 

母があの奈良雛を贈りたいと言い、いざ、奈良へ。突然、目の前に現れた、憧れの一刀彫の雛人形、その素朴だけれど完成された、時代を経た優美さに息をのみ、その人形たちが連なる店内にいる時間は夢心地でした。日本の宮廷文化の雅やかさに千年経っても感謝です。母が孫の人生の安からんことを祈り、贈った雛人形は、今、彼女の幼い娘のために飾られています。

 

こんな風に、娘への厄払いを元々の起源とする桃の節句、ひな祭りですが、親の愛と慈しみは、代々娘へと伝わり、長年重なり、その歴史となってゆくのですね。

 

その時に、旅のお供のご褒美に買ってもらった雛人形を今年も飾りました。

母はこの歳になった娘のことも、彼岸で想ってくれますか?なんて、問いながら、あの日のことを思い出します。

 

ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com

作品:誕生石のブローチ

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