「風薫る五月」とは、若葉が茂った木々の間を吹き抜ける風の様子を表現する、「薫風」という、漢語が和語化されたもので、薫とはその空気を抽象的に表現しているものですが、いかにも爽やかな5月の明るさと、さらりとした陽の光の清々しさを感じる言葉です。

季節は、生命力に満ちた、二十四節気「小満」を迎えています。

七十二候は、蚕起食桑(蚕起きて桑をはむ)、紅花栄(紅花さかう)、麦秋至(麦のとき至る)、蚕は美しい絹を生み出す繭を紡ぐため、桑の葉をもりもりと食べ、古来、染め物に使われてきた紅花は鮮やかに咲き誇り、麦の収穫期となる初夏、麦秋を迎える麦畑には熟した麦の穂が風になびく、そんな生命力に満ちた季節です。

 

小さい頃、養蚕稼業をしていた父の実家へ行くのは、とても楽しみにしていたことの一つでした。町で育った私たちには何もかもが新鮮で、おやつが取れたて野菜だったり、お味噌が真ん丸の塊だったり、酪農もしていたので、子牛に昼寝から起こされたり、と、ころころと笑って遊んで過ごした思い出がたくさんです。

忘れられない記憶は、美しい絹布のもとになり、生活の糧になる大事なお蚕様の存在です。毎日、朝早くから、蚕棚の掃除をして、桑を整え、与えて、その繰り返し。でも、みんなは小さな虫、お蚕様をとても大事に可愛がっているようで、その日の様子を、まるで、学校から帰ってきた子供のことを語るように、朗らかに話し合っていました。そして、眠りについた夜、雨が降っているのかと思って、目を覚ますと、その音はなんと、蚕棚にたくさんいるお蚕様が、一斉に桑の葉を食む音だったのです。小さな虫の生きる力と、それを育て、生活に役立てる人の知恵と努力を幼心に知った夜でした。

さて、今年の5月は雨や曇りの日が多く、なかなか、爽やかさを楽しめる日が少なかったようですが、この薫風の季の中、好きなことの一つは「長袖のブラウス一枚で過ごせる貴重な時」です。最近は、カットソーやニットを着ることが比較的多くなり、ブラウスやシャツを着る機会が減ってしまいました。梅雨に入る前、絹や上質綿の薄手長袖ブラウスで初夏の風を切るように歩くことは、大人の女性らしく、軽やかで華やかな雰囲気が魅力的です。

以前、メキシコに住んでいたことがありました。メキシコは地域にもよりますが、私が住んでいたところは、やはり夏はとても暑く、毎日40℃を超えるような日々が続き、乾燥はしていますが、日本と同じように、雨季もあります。

本格的な暑さになる前、短い期間ですが、本当に爽やかな、良い風の吹く心地よい日々があります。メキシコの奥様達、セニョラスに、「ブラウス一枚で過ごせる、貴重な時期を楽しんでね。」と言われました。たしかに、彼女達は、素敵な柄のブラウスを着ています。物語を表した柄だったり、メキシコの神々の柄だったり、花柄や幾何学模様など、派手な柄や色でも、人柄なのか土地柄なのか、メキシコのこの上ない蒼い空色に良く映えて、とてもお似合いでした。メキシコの布製品も美しく、天然色素で着色された絹のブラウスやストールには、繊細な刺繍や細かいビーズが刺してあるなど、手工芸の盛んな国柄らしい一点ものに出会えます。いまでも、この季節になり、メキシコにいた時に手に入れた絹や麻のブラウスを手にすると、あの乾いた空気とセニョラスの言葉がよみがえります。

シルクロードを通ってヨーロッパ、そして南米へと、あの、小さな蚕たちが紡ぐ物語はなんと華麗に花を咲かせたことでしょう。夏涼しく、冬暖かく、佳麗に光る絹の恩恵も、あのお蚕様たちが、夜、桑を食む音から生じていることに感動するのです。

そんな、生命力に満ちた季節から、6月に入ると梅雨を迎え、二十四節気は芒種へと移ります。七十二候は、蟷螂生(かまきり生ず)、腐草為蛍(腐れたる草蛍となる)、梅子黄(梅のみ黄ばむ)、となります。益虫でもあるかまきりは、卵の塊、卵鞘で冬を越し、この時期に幼虫が孵化します。梅雨に入ると、水辺では蛍が舞い、梅の実は黄色く色づく、そんな、時期となります。

 

雨模様が続くと、鬱陶しい気分になりがちですが、春から暦の季節を思い過ごして来ると、この時期に至り、生命力そのものが雨に濡れ、美しく輝き、緑はさらに濃くなる、これもまた自然の賜物だと思います。雨降りの日も、生き生きとした瑞々しい景色を楽しんでみましょう。

 

そして、少しずつ暑くなるこの季節、水は身体へも影響を及ぼします。余分な水分をため込むことは身体の不調へつながりかねないので、充分に体を休め、体内に余分な水を停滞させないようにして、蒸し暑さに負けないようにしましょう。

 

睡眠もたっぷりと。雨音を子守唄に、良い夢を。

 

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染谷 雅子

 

ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com
作品:あじさい