桜の便りが届いたかと思ったら、花散らしの雨に打たれ、花房ごとすっかり下を向き、水粒を滴らせている桜の木を哀れに思うとともに、この恵みの雨が運んでくる清らかな季節の気配に浸りたくなる午後です。二十四節気は清明(せいめい・4月5日頃)、そして七十二候は、玄鳥至(つばめいたる・4月5日~9日頃)、鴻雁北(こうがんかえる・4月10日~14日頃)、虹始見(にじはじめてあらわる・4月15日~19日頃)と続きます。万物が清く明らかになり、冬の名残はすっかり抜け、次の季節へと光が輪郭を取り戻す頃。自然の暦を知り、来るもの、去るものと季節の襷(たすき)が手渡され、見上げる雨上がりの空には虹がかかる、そんな自然を表す候となります。

自然界では透明度が増す季節ですが、私たちの身体には負担が重なりやすい時期です。スギに続いてヒノキの花粉、黄砂やPM2.5の飛来があり、目・鼻・喉の不快感や倦怠感、眠りが浅くなるなどの症状が出やすくなります。さらに寒暖差や新年度の緊張など、さまざまなストレスにさらされます。対処方法としては、空気の入れ換えをこまめに行い(もちろん花粉アレルギーがある方は注意をしながら)、その都度気分も切り替えて、気づかないうちにストレスが蓄積することがないように心がけましょう。
食事も大事。旬の春野菜、ナノハナ、フキ、タラの芽、ウド、セリなどの苦味には、滞りを流すデトックス効果があります。また、味噌や醤油、麹など発酵食品を積極的に取り入れて、腸を整えることもお勧めです。

そんな、気分の変わり目のスイッチになるような精油があります。ユーカリ(学名 Eucalyptus globulus)です。原産はオーストラリアからタスマニア島にかけてで、オーストラリア大陸を象徴する植物です。その大地の乾燥や強い日差し、山火事と共に進化しました。1770年、ジェームズ・クックの航海に同行した植物学者が採集し、そこから19世紀にかけてヨーロッパから世界中に広がり、緑化、材木、精油など多岐にわたり使用されました。日本には海外植物の導入が盛んになった明治初期に導入され、公園樹や造林用として植えられました。
ユーカリのハッカのような清涼感のある香りは、鼻詰まりや息苦しさを和らげ、集中できない時や頭がぼんやりするときにリフレッシュする香りとしてよく使われます。
ティッシュペーパーやコットン、ハンカチなどに一滴だけ落として枕元に置いて休めば、香りが強すぎず、夜の呼吸を邪魔しません。また、熱湯を入れたカップに一滴落として湯気と共に広がる香りや、ディフューザーでの芳香浴もお勧めです。お風呂でアロマセラピーも良い気分転換になりますが、少し作用の強い精油ですので、湯船ではなく浴室の床に数滴落として、その香りを楽しみましょう。少し香りが強いと感じたら、お好みで前出のラベンダーやマンダリンなどの精油とブレンドしても、心地よい香りになります。きっと、空気の切り替えと気分の切り替えがうまくゆくはず。

清明は「濁りがなく光が通る」という意味ですが、同じ意味でもう一つ、清澄(せいちょう)という言葉があります。好きな言葉です。
大きな醤油工場があるこの地。時に、豆の匂いやもろみの匂いが風に乗り、漂い届くことがあります。特にこの時期、少し暖かくなる頃にはよく感じます。醤油の醸造は一年中行われますが、春は特に動きがある季節です。蔵では「春になるともろみが動き出す」「蔵が生き返る」と言われるそうです。醤油醸造の工程は、麹づくり→仕込み(諸味)→発酵・熟成→圧搾→火入れ→製品化となりますが、途中、圧搾して得た醤油には微細な成分が含まれていて、それを沈殿させて澄ませる工程があります。その工程を「清澄」と言います。文字通り「清く澄ませる」作業です。
いつも普通に使っている醤油には、なんと素敵な段階を踏んで手元に届いているのかと、醤油の瓶を光にかざして見てみれば、きらりと琥珀色の春陽が通過します。

さて、そんな清く明るく澄んだ春うらら。
春の光に追いつかない時には、ユーカリの香りで胸の奥に風を通してみます。スーッと、夏への扉をわずかに感じるような、爽やかな風が吹くような気がします。
皆様はユーカリの香りに何を思うでしょう。
明日はどんな香りと出会えるでしょう。どうぞぐっすりお休みください。
染谷雅子

