虹のふもと   ~ 夏至 ~

2021.06.28

虹のふもと   ~ 夏至 ~

さあ、夏至(げし6月21日)も過ぎ、季節はすでに夏。でも実は、梅雨に入り天気が悪い日も多く気が付きにくいのですが、一年で昼の時間が最も長いこの夏至を境に、少しずつ昼の時間は短くなり、夏休みを楽しみに来る真夏の準備をしていても、確実に時は秋に向かっています。暦の不思議。

 

七十二候は、乃東枯(なつかれくさかるる6月21日~26日頃)、菖蒲華(あやめはなさく6月27日~7月1日頃)、そして、半夏生(はんげしょうず7月2日~7月6日頃)と、季節とともに、枯れる草、咲く花、生まれる草、と、夏の植物の変化を表す時となります。

 

この時期、植物は本当に幸せそう。たっぷりと雨を受け、輝く水滴に彩られるアジサイや、暦にも登場のハナショウブの花々、また、春の花が終わった後のバラやツツジなど木々の緑も濃くなり、何種類もの緑色が重なり、真夏を迎える気持ちを盛り上げてくれます。

七十二候、菖蒲華のアヤメは時期的には同じアヤメ科のハナショウブを指すといわれています。5月に咲くのはカキツバタ、そしてアヤメと続き、6月にはハナショウブが咲きます。ハナショウブはアヤメ科アヤメ属の園芸種で、国内のみならず、海外でも品種開発が進み、現在は、何千種類もあるそうです。そして、カキツバタやショウブも一緒に、総称としてアヤメと呼ぶことも。ご存じの「いずれあやめか杜若(カキツバタ)」。これは、美しさに優劣がつけられない時の慣用句ですが、アヤメ科の花々は本当にその色、立ち姿、葉の形、そして、群生する美しさは、息をのむものがあります。

 

猫の額ほどの庭ですが、この季節、我が家は夏草との闘いの日々です。今日はここまで、と思って、数日かけて草を刈っても、気づけば最初の場所はきちんと新しい緑で敷き詰められています。バラは新芽が日々伸びて、女王様の存在感を突然訴えてきます。シダや小さコケでさえ、静かにその陣地を広げてゆきます。あまりの徒労感に、植物世界に思いを馳せると、小さな何かわからない葉緑体を持った生き物が、何千年、何万年も形を変え、方法を変え、この緑を作り出し、今も、草は芽吹き枯れて重なり、また芽吹き、大きくなり…、と、どんどん広がります。雨の匂いを感じる空気の中に佇み、そんな風に植物の変幻自在さに感心していると、ぽつりぽつりと雨が降ってきて、庭仕事を終える言い訳が見つかります。

そして、雨上がり、夕焼けに映える虹が見えれば、何か良いことがあるかしら、と心に留めて、この梅雨の一日を締めくくれるのです。が、いいえ、ここで出てくる、前から思っていた、一つの疑問、今回、調べてみました。虹はなぜ虫偏なのか?ご存じですか?

 

以前、「むかしは、虹は小さな虫が集まって作り出している、と信じられていた」という話を聞いたことがありました。虹を粒々でとらえた昔の人の感性に感動したものですが、実は、古代中国において、この虹という漢字の虫偏は爬虫類も象徴していて、蛇や龍をも表現していたそうです。龍が空に昇り作り上げたもの、ということを表現する漢字が「虹」なのです。だから虫偏。

 

そして、中国では虹を吉兆だけではなく、戦の予言として、凶兆としても言い伝えがあるそうです。ヨーロッパやアメリカでは幸運の象徴としての言い伝えが多いようですが、南米では神話から、病気や死とつながる予告として捉えられることもあるそうです。

日本では、「虹色の未来」など、幸運の兆しと思われることが多いようですが、昔は地域によって、吉凶両方の意味があったようです。

子供の頃、太陽を背にした父親の背中越しに、ホースからの水でできた虹に目を奪われ、大人の魔法に嬉しく思った私でしたが、虹の科学を理解した今でも、美しい夕焼けに大きく架かる七色の虹を見れば、自然の聡明さを垣間見たようで、明日の幸福も保証されたような気分になります。

 

暦はすぐに7月。夏本番一歩手前で、二十四節気は小暑を迎えます。体に熱をため込まないよう、また、体力をつけるためにも、水分と食事に気を付けたいものです。

 

暑くて寝付きにくい夜に、植物や虹の科学と歴史の迷路から抜け出せなくなったりしませんように。

 

私は、虹のかなた、ふもとの植物の楽園を思い、今日も天然色の夢と供に良い眠りにつけそうです。

 

染谷雅子

 

ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com
作品:虹の素

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